大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)6134号 判決 1982年2月26日
原告
総評化学一般日本シェーリング労働組合
右代表者
伊藤俊平
右訴訟代理人
大川真郎
同
松岡康毅
同
山口健一
同
山川元庸
同
宮地光子
被告
日本シェーリング株式会社
右代表者
ヨルグ・グラウマン
右訴訟代理人
清水伸郎
主文
一 被告は、原告が別紙物件目録記載の物件を占有使用するについて、自ら又は第三者をして、常時右物件に施錠をして原告に鍵を渡さず、その使用に許可を条件とし、使用中に立会い、或いは、その使用日時を定めたりするなどの妨害をし、もしくは、させてはならない。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実《省略》
理由
一、二<省略>
三本件物件に対する使用貸借の消滅の有無
<中略>
判旨4 ところで、企業内組合の組合活動は、必然的に企業内において展開されるから、企業施設内に設けられた組合事務所は、組合活動の本拠として重要な役割をになうものであり、団結活動の物的基礎をなすものであつて、企業施設内の組合事務所を明渡すことは、組合活動の拠点の喪失を意味し、団結に対する重大な脅迫となるのである。したがつて、組合事務所の貸与は、それが無償であつても、単に恩恵的な便宜の供与ではないから、使用者が、一旦、企業内施設を組合事務所として貸与した以上は、使用者において、合理的な理由もないのに、その返還を求めることはできないものと解すべきところ、本件においても、原告が企業内組合であることは弁論の全趣旨から明らかであるから、被告が、一旦、本件物件を原告の組合事務所として貸与した以上は、それが無償であり、また、右貸与に際し、原被告間において、被告は、その都合により、原告に対し、本件物件からの移転(移動)又は本件物件の返還を求め得る旨の特約がなされていても、被告において、原告に対し、本件物件からの移転又は本件物件の返還を求める合理的理由がないのに、右移転又は返還を求めることは、本件物件を組合事務所として貸与した右貸借の性質上許されないものと解すべきである。
これを本件についてみるに、昭和五四年六月二九日に本件物件で起きた本件出火が、原告の組合員の行為によつて起きたことを窺わせる<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る的確な証拠はないし、また、その外に、被告が、原告に対し、原告の組合事務所として貸与した本件物件からの移転又は本件物件の明渡しを求める合理的な理由の存在を認め得る証拠はない。
却つて、<証拠>によれば、原告の組合員は、本件出火のあつた前日の午後七時前に、本件物件に施錠をして本件物件から退去し、その後、本件出火当時まで、本件物件内にはいなかつたこと、そして、本件出火は、原告の組合員の行為等、原告側の責任ある行為に基因して起きたものではなく、むしろ、被告の雇入れたガードマンの煙草の火の不始末によつて起きた疑いが強いこと、したがつて、本件出火を理由にして、被告が、原告に対し、本件物件への立入りを禁止し、或いは、本件物件の返還を求める合理的理由はないこと、なお、被告は、昭和四六年一月に、本件物件を組合事務所として原告に貸与して以来、本件出火が起きるまで、八年以上に亘つて、原告に本件物件の返還を求めたことはなく、本件出火後も、本件物件からの移転又は本件物件の返還を求める合理的理由は全くないこと、以上の事実が認められる。
してみれば、被告が、原告に対し、本件物件からの移転又は本件物件の返還を求める合理的理由はないから、被告は、前記特約(甲第三号証の協定書一項但書)に基づいて、本件物件からの移転又は本件物件の返還を求めることはできないものというべきである。<中略>
五修復工事について
次に、本件出火により、本件物件内の電気配線、コンセントの部分が焼毀し、窓ガラス三枚がヒビ割れし、天井、壁、床の一部が焼毀したこと、以上の事実については当事者間に争いがない。
判旨ところで、原告は、被告に対し、右電気配線、コンセント部分の電気工事や、窓ガラス、天井、壁、床の部分の修復工事を求めている。しかし、前述の通り、被告は、原告に対し、本件物件を無償で貸与したものであるから、本件物件の貸借については、民法の賃貸借の規定の適用はなくしたがつて、被告には、一般の賃貸借における貸主のような修繕義務(民法六〇六条一項)はないものと解すべきであるし、また、一般に、使用貸借については、法律上貸主には目的物の修繕義務はないものというべく(民法五九五条一項参照)、その他、本件物件の貸借について、原被告間で、貸主である被告に修繕義務のあることについては、何ら主張立証もない。してみれば、被告には、本件物件についての修繕義務はないというべきであるから、被告に対し、前記電気工事、窓、壁、床の修復工事を求め、或いは、被告がこれをしないときには、原告は、被告の負担で右工事をすることができる旨の裁判を求める原告の請求部分は、その余の点について判断するまでもなく、失当である<中略>
六弁護士費用について
原告は、本件出火後、被告が本件物件に対する原告の占有使用を妨害したことを不法行為であるとし、これに基づく損害賠償、ないしは、被告の不当な抗争により、原告がその主張の仮処分申請及び本件訴えの提起を余儀なくさせられたことによる損害賠償として、弁護士費用金五〇万円の賠償を請求している。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、本件物件は、もともと被告の所有であることが認められるところ、前述の通り、被告は、その所有にかかる本件物件を、原告に無償で貸与したものであるから、被告は、原告に対し、本件物件を占有使用させる右契約上の義務を負つており、原告は、被告に対し、右占有使用を求める権利を有しているに過ぎないというべきである。したがつて、前記認定の如く被告が本件物件に対する原告の占有使用を妨害したこと自体については、たとえそれが不当労働行為意思に出たとしても、これによつて原告の団結権が現実に侵害された等の特段の事情の認められない本件では、被告は、本件物件の貸主としての前記契約上の義務を怠つた債務不履行責任を負うに過ぎず、いわゆる不法行為責任を負わないものと解すべきで判旨ある。しかして、右契約に基づく本件物件に対する原告の使用権(使用貸借権)については、いわゆる物権のような排他性を認めることはできないから、被告に対し、前記妨害禁止を求める原告の本訴請求も、被告の貸主としての債務不履行を前提として、その債務の履行を求めているに外ならないと解すべきところ、弁護士強制主義をとらず、かつ、弁護士費用を訴訟費用として認めていない我が現行法制の下では、右のように、債務の履行を求める仮処分申請や訴訟に要した弁護士費用の賠償を認めることは、相当でないというべきである。<中略>
七慰藉料について
次に、原告は、被告は昭和五四年六月二九日から同年八月七日まで、原告が本件物件を使用することを完全に妨害し、また、その後同年九月二八日までの間も、本件物件の使用を著しく妨害し、原告を出火犯人扱いしたとして、慰藉料の請求をしている。
判旨しかしながら、原告は、いわゆる自然人ではなく法人であるところ、法人自体には、原則として、精神的苦痛を考えることはできないから、精神的苦痛を慰藉するための慰藉料請求権はないと解すべきである。もつとも、原告の本件慰藉料請求のなかには、いわゆる精神的苦痛以外の無形の損害賠償請求も含まれていると解し得ないではなく、また、法人にも、名誉その他の人格的諸利益があるから、法人が、債務者の債務不履行や第三者の不法行為により、無形の損害を被つた場合には、それが金銭的評価の可能なものである限り、その賠償を求め得るものと解すべきところ(最高裁判所昭和三九年一月二八日判決・民集一八巻一号一三六頁参照)、本件において、原告が、昭和五四年六月二九日から同年九月二八日まで、その主張の如く、被告に、組合事務所である本件物件の占有使用を妨害されていたとしても、右期間中、原告において本件物件を全く使用し得なかつたものでもないことは、前記四に認定したところから明らかであつて、その間、現実に、原告の組合活動がどのように妨げられ、その結果、原告が具体的にどのような不利益を受けて、金銭的に評価し得る如何程の無形の損害を被つたかについては、何ら主張立証もなく、原告は、ただ抽象的に、その団結や組合活動に阻害があつたと主張するのみであるから、結局、原告に右無形の損害のあつたことを認めることはできない。
なお、被告が原告を出火犯人呼ばりしたとの事実を窺わせる<証拠>はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。
してみれば、原告の慰藉料請求も、その余の点について判断するまでもなく失当である。<以下、省略>
(後藤勇 草深重明 小泉博嗣)
物件目録、配置図<省略>